電脳遊戯 第10話


新エリア:平原
このエリアにはどうやら敵や罠の類は配置されていないらしい。
目印となりそうな物もない、ただ広いだけの平原。何も変化のないその場所をどれだけ歩いただろうか。やがて視界のその先に一つの石碑を見つけた。
草原の中にポツリと置かれた石碑。
地平線が見えるほど見渡しのいい場所だった事が幸いし、その人工物を見落とさずにすんだ。ルルーシュの腰の高さほどある石柱の上が斜めに切断された形のその石碑には、何やら暗号らしきものが書かれていた。全員の視線がその暗号に集中したが、ルルーシュはその石碑に設置されたパネルのような物をいくつか動かした後、さっさとその場を離れ、引き返し始めた。

「なんだ、もう解ったのか?」

ものの5分とかからず立ち去ったルルーシュに、C.C.は驚き声をかけた。

『ああ、下らない謎ときだ。どうやら俺が居た地点を中心に4か所、石碑があるらしいな。それらを解けば出られる』

謎を解くのは一瞬だが、移動に時間がかかる。

「四方という事か?だが、もう一か所はそのまま直進してたどり着けるが、残り2か所は面倒だな」

出現地点に目印に帽子でも残しておくべきだったな。
C.C.がそう言うと、画面の向こうのルルーシュは苦笑した。

『問題無い、歩数は数えている』
「・・・流石だな」
『当然だろう?こんな目印の無い場所を何も考えずに歩いていると思ったのか?』

思ってた。
普通そこまで考えて歩かないだろう。
そう思っても口には出さず、皆安堵の息をついた。
これなら移動に時間はかかるだろうが、出られないという事はなさそうだ。

『休憩をとったばかりだが、見張りは一人で十分だ。他の者は休んでくれ』
「そうだな、変化が出るまで休ませてもらおう」

C.C.はそう言うと、さっさとこの部屋のベッドにもぐりこんだ。

「セシル、お前もここで休め。流石皇帝のベッドだけあって、寝心地は最高だし、何かあってもすぐ状況が解るぞ?」

C.C.の提案に、セシルは少しだけ悩んだ。いつもならこんな風に人のいる場所で休むことは拒否するのだが、神経を使う作業を続けていたため少々仮眠を取っただけではとても足りず、体は睡眠を欲している。後々のことも考え、お言葉に甘えて。と、C.C.の横にもぐりこんだ。

「では、ジェレミア卿、ロイドさん、お二人も休んでください」
「いや、ここは私が」
「いえ、ジェレミア卿は戻ってきたばかりですし、休憩された方がいい」

ジェレミアは渋々、ロイドは大喜びで寝室を後にした。
暫くすると、女性二人の穏やかな寝息も聞こえてくる。
ここで起きているのはスザクだけとなると、画面の向こうから微かな笑い声が聞こえてきた。

『随分と優しい事だな』
「嫌味か?」
『いや?』

くすくすと笑いながらルルーシュは歩いた。

『中心に戻るまで20分と考えれば、全て見終わるまで2時間はかかる。途中休憩を入れることを考えれば3時間。ここはどうやら敵もいないようだし、危険な事はなさそうだから、お前も休め』
「一人は見張りにと言ったのは君だ」
『そうだったな』

ルルーシュはまたくすりと笑った。
自分がそう口にすれば、きっとこの騎士が残るだろうと思っていた。
ロイドもセシルもジェレミアも、文句を言いつつもスザクの命令には従う。スザクが残ると言えば、ジェレミアがごねる程度で、最終的には全員が休む事を選択する。
問題は、頑固者なこの男をどう休ませるか。
そこさえどうにかなれば、今から3時間全員を休ませることが出来るのだが。

『何かあったら呼ぶから大丈夫だ』
「悪いけど、君の言葉を信用するつもりは無い」

硬質な声音でスザクはそう答えた。
苛立ちも含まれたその声に、これは駄目だなと早々に諦めた。こうなったスザクはルルーシュ以上に頑固で絶対に引かない。ならば皆が戻った後に休ませればいい。

『わかった、好きにしろ』
「言われなくても好きにする」

まったくお前は。
画面の向こうのルルーシュは苦笑しているようだったが、無視した。

「で?どうするつもりなんだ?」
『どうする、とは?』
「そこから出られなかった時の話だ」
『問題無い』
「成程、確実に出られるから心配するなと?」
『いや、もし俺がここから出られなくてもゼロレクイエムは進める』
「どうやって?」
『C.C.に代役を頼む。幸い咲世子が残した変装セットがあるからどうにでもなる』
「変装セット?」
『ああ、俺そっくりに化けることができる。実際、誰にもばれなかったからな』

バレなすぎて大変な目にあったが。
108人の女性とのデートを思い出し、ルルーシュは苦笑した。
確かにデートに誘われる事は今までにも無かったわけではないが、あれだけの人数を咲世子は短期間で集めたのだ。そう考えれば、見た目は同じでも中身に限って言えばルルーシュより咲世子の方が女性に好かれるという事なのだろうか?
それはそれで悔しい気もするな。

「・・・それって・・・」

影武者、という事だろうか。
そこに思い至り、スザクの目がスッと細められた。

『流石の俺も、一人で機密情報局に監視されながらゼロと学生の二重生活を行うには無理がある。ゼロが蓬莱島にいる時の学生ルルーシュは、全て咲世子の変装だ』
「そんなに似てるの?」

信じられる話では無い。性別も身長も、当然体型も違うのだから。更に言うなら日本人とブリタニア人。肌の色も違う。

『気味が悪いほど瓜二つだよ。声も俺そっくりに変えていた。あれを使えばC.C.でも俺を演じる事は可能。皇帝の衣装の予備もあるからな』
「へえ、君もしかして、ゼロが君を討つ時、C.C.に代わってもらうつもりだったの?彼女不老不死だから、終わった後に生き返って、君と二人で姿を消すつもりだったわけだ」

硬質な冷たさを放つスザクの声に、ルルーシュは苦笑した。

『いや、お前にユーフェミアの仇である俺を討たせる。そこに嘘は無い』
「信じられないな」

即答された否定の言葉に、ルルーシュは苦笑するしかない。

『無事ここから解放され、お前がゼロとして俺を討った後、死体を確かめればいい』

変装した所で性別は違うし、本当にC.C.が化けているなら蘇生する。ゼロが調べる事を望めば隠し通すことなど不可能だ。その死体が本当にルルーシュか好きなだけ調べればいい。DNA鑑定でも何でも気が済むまでやればいい。

「そうさせてもらう。計画に変更は無いということでいいんだな」
『そうだ。変更はない。C.C.が変装した場合、俺の音声をC.C.のマイクにつなげて話せばどうとでもなる。その時は影武者だと知られないようにだけ注意してくれ』
「・・・で?君はどうするんだ?全てが終わった後もこの箱の中で生きるのか?」

この中なら永遠に生きられるのかもしれない。

『まさか。その時はお前がその端末を破壊しろ』
「え?」

即答された答えに、スザクは思わず驚きの声を上げた。

『俺が組み込まれているのはあくまでもそのパソコン本体にあるハードディスク内のデータのみ。ならばそれを破壊すれば俺はここから出る術は無くなる。破壊された時点で死ぬのか、あるいはここに閉じ込められるのかは解らないが、どの道終わりだ。俺の肉体に剣をさす事は叶わないが、それで我慢してくれ』

何ならトラップにかかったり、敵に殺されるという選択をしても構わない。
好きにしろ。
ルルーシュは、まるで他人事のようにそう言った。

あの日、Cの世界で仇討ちを望んだスザクに、ルルーシュは時間が欲しいと言った。
仇を討つための最高の舞台を用意すると。
ユーフェミアとナナリーの願いである優しい世界を作り出し、ユーフェミアの悪名を霞ませてみせると。
どこまで本気なのかと疑う心があった。
ブリタニアの改革、端から見れば善政を行う彼に人々は惹かれ始めている。
人々が望むならこのまま賢帝として生きる。全てはユーフェミアの望んだ世界のために。・・・とでも言いだすのではないだろうか。期限付きで始めたが、まだ時間がかかると何年も先延ばしにするのではないだろうか。
なぜなら彼は生に執着している。
明日が欲しいという願いが神に届いたのは、心の底から願ったからだろう。
明日が欲しい。
つまり、生きたい。
それがルルーシュの本心。
だからいつ覆されるかと警戒をしていたが、それは杞憂でしかなかったのか。
生に執着していると思っていたのに、死と隣り合わせの場所にいても、ルルーシュの心は凪いでいた。だからこそ先ほどの場所でも動揺することなく平然と即死するような罠をもかわせたのだろう。
演技でもやせ我慢でもない。
本当に死ぬ事を決めているんだ。
生きたいと願うからこそ、死ななければならないと。
死にたいと願うスザクが生きて罪を償うのと同じなのだ。
スザクはこの時ようやくルルーシュの言葉を信じた。

ゼロレクイエム。

ユーフェミアのように正義から悪へとその身を塗り替え
ユーフェミアの行った虐殺をはるかに超える血を流し
ユーフェミアが集めた以上の人々をその舞台に集め
ユーフェミアへ向けられた憎悪と憎しみ以上の感情を受け
ユーフェミアと同じくゼロの手で討たれる。

気づく者などいないだろう。
だが、これは行政特区の再現。
ただ、見物人たちに死者は出ず、死ぬのは悪を成した皇帝ただ一人。

慈愛の姫と呼ばれた。
賢帝と呼ばれた。
虐殺皇女と呼ばれた。
悪逆皇帝と呼ばれた。
万の民を殺した。
億の民を殺した。
多くの民が見守る中、ゼロに討たれた。

時間とともに真実は曖昧となり歪めやすくなる。
酷似した歴史があれば、どちらかが誤りではないのかと疑問を抱くだろう。
やがてユーフェミアの行った虐殺はルルーシュのものとなり、ユーフェミアは再び慈愛の姫と呼ばれる時が来る。時間はかかるが、必ずその時が。
そのための手も打っている。
ルルーシュは笑いながらそう言っていた。

今まで疑っていたルルーシュの死。
その疑いが晴れたことで安堵したと同時に
スザクの心に暗い影が重く圧し掛かった。

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